どうも、マルコこと、佐藤多加子です。

ネット上って、顔が見えなくて匿名性が高いせいか、いろんな人の【裏の顔】みたいなものが溢れかえっていますよね。

2チャンネルとか、SNSとか、【心の闇】がダダ漏れしてるのをよく見かけます。2チャンネルは苦手なんであんまり見ないのですけれど。
(というか、2ちゃんねる特有の言語が分からないという中年の悲しさ・・・)

芸能人のブログやSNSがしょっちゅう炎上して、なかなかにえげつない言葉が飛び交っているのも、顔が見えないっていう安心感からなのでしょうね。面と向かったら意外となんにも言えないけれど、顔が見えない場所だと相手に対する扱いが雑になるというのは、少なからずあるような気がします。

まぁ【炎上マーケティング】なるものも存在していて、炎上する事で知名度が上がって有名になってウハウハ、というパターンもあるので、これはこれで傍観者として見ている分にはアリかな、とも思ってはいるのですが。

それに、昔だったら日記に心の闇をぶちまけていたのが、今はTwitterなんかのSNSに代わったのかもしれません。感情のはけ口にして、それで心の安定が保たれるなら、それもまた良し。誰に見せる為でもない、自分が満足するためですからね。

 

ただ、情報発信者としてネット上に登場するからには、【人に見られている】って事を常に意識していないと、【イタイ】人になっちゃいます。

今回は、そんなお話をしたいと思います。

文章は対面以上に【人】を見られている

動画とか音声とかは別にして、【文章】で発信をするときって、顔も声も、分からないですよね。

深夜に髪の毛ボッサボサで、すっぴんに眼鏡で、娘のお下がりのくたびれたジャージをパジャマ代わりに着て文章を書いてるのは何を隠そうこのわたくし。

対面営業やリアルの接客業なら絶対に許されないこんな有様でも、大丈夫なわけです。

ハナクソほじりながら文章書いてたって分からない。(ほじってませんけど!)

でもね、ビシッとしたスーツにネクタイとか、高価な腕時計とかで権威性を出したり、話しながらゼスチャーを加えたり、声に抑揚を出したり、そんな演出が使えない分、文章からにじみ出る【人としての中身】は本人の想像以上に見られています。

そう、対面よりもずっと。

話の中のちょっとした矛盾も、どんどん流れ去って行く会話と違って文字でしっかり残してしまうので、見抜かれてしまいます。

専門家としての知識や自信があるかどうかも、わかっちゃう。
対面だったら、白衣来て聴診器ぶらさげて病院の中を颯爽と歩いてたら、一般人でもお医者さんに見えたりしますけど、文章では、それは無理。

顧客に対してどんな姿勢で向き合っているかも。

ビジネスをどんな信念でやっているかも。

ぜ~~~~~~~~んぶ、見抜かれてしまいます。
外見で飾る事が出来ない分、モロ出しになっちゃうんです。

見抜かれるというか、ちょっとした【違和感】というか【ひっかかり】みたいなものを与えてしまう。その小さな違和感が不信感につながります。

別に、堅苦しい言葉づかいで高尚な文章を書けって事じゃないです。くだけた話口調の文章でも良いんです。文学作品みたいな美しい文章である必要も、無い。

でもね、お客様に向かう姿勢(内面の)っていうのは、しっかり見られています。対面以上に。

だから、【ネットなら自分でも簡単に稼げる♪♪】とかいう安易な考えでインターネットビジネスに参入すると、痛い目にあいます。

ネットで展開するとしても、ビジネスはビジネス。立派なお仕事。お客様はパソコンではなくて人間。

だから、それなりの覚悟と決意、そして【誰に、どんな価値を届けたいのか】という信念を持って、それをハッキリ言葉にして発信していかないとイカンのです。

そして常に、パソコンの向こう側に居る【人】の気持ちを考えないといけない。

大切なのは、想像力。

想像力

私は、情報発信者にとって一番大切なのは【想像力】だと思ってます。

  • 直接反応を見る事が出来ない読者さんの、心の中の不安や、悩み、秘めた欲求を想像する力。
  • この一文、この一言で読者さんがどんな感情になるのかを想像する力。
  • どんな未来を見せたら、ワクワクしてたまらなくなるのかを想像する力。
  • どんな言葉に反応して、ドキッとするかを想像する力。
  • 自分自身が読者さんに、どんな風に映っているのかを想像する力。

コピーライティングなんてものは、その次にあるモノです。

良くあるメルマガ塾では、

  • 指示語はなるべく使わない
  • 主語と述語をハッキリさせる
  • メルマガの1行の文字数は何文字まで
  • 句読点の入れ方
  • 同じ文末の表現(です、ます、である)を続けない
  • 同じ接続詞や助詞(てにをは)を続けて使わない

なんて事を事細かに指導されるみたいですが、そればっかり意識して、当たり障りのないきれいな文章が書けるようになったって、そこに魂がこもってなかったら何の印象も残さないのです。

あの人良い人だよね~~~~♪ えっ、彼氏(彼女)?? それはナイナイ(爆)!!

って言われちゃう悲しい人みたいなもんです。

甘くも無い、香りも無い、炭酸みたいなパンチも無い、タダの水です。

これまで、コンサルティングなどを通して、そんな文章を沢山見てきました。

ライティングの基礎の上に、魅力ある人間性と、豊かな想像力が乗っかっていたらサイコーですけれど、多くの人は【コピーライティング】を意識しすぎて、型にはまった面白くない文章になってしまいます。

もちろん、日本語的に完全に崩壊してしまって、何が言いたいのかわからない文章は論外ですが、普通に日本語が書けるなら、その次に大切なのは【想像力】。

【誰に向けて書いているのか】っていうターゲット像をきちんと頭の中に描いて、その人の状況や気持ち、自分が伝えたい分野に関してどれくらいの知識を持っているのか、
(初心者さんに向けて専門用語を説明も無しにバンバン出すとか、論外です)
そういった事を細かい部分まで想像して文章や解説を書く。

たった一人の大切な人へラブレターを書くような気持で書く。

読者さんに自分がどんな印象を与えているのかを想像しながら書く。

そんな当たり前の【根っこ】が大切なんだと、日々思いながら文章を見たり書いたりしています。

ネットの中では、文章が主役。動画や音声もあるけれど、やっぱり中心は文章。

文章を通して、自分自身がしっかり視られている、って事と、読み手の心を想像して思いやって書くという事を、常に忘れないでいたいものですね。

ではでは、また(^^)。